先日開催されました、厚生労働省による令和7年度 職場のメンタルヘルスシンポジウム
「中小企業におけるメンタルヘルス対策~ストレスチェック義務化への対応~」
前半部分の講演と事例発表のおおまかなか内容をこちらに掲載しました。
後半部分はパネルディスカッションです。このパネルディスカッションでは
・中小企業のメンタルヘルス対策
・特にストレスチェックを導入・運用する上での独自の利点、困難な点、実践的な解決策
について議論されました。
参加した企業からは
・規模が小さいからこそできること
・規模が小さいからこそ発生する構造的な課題
の両面からさまざまな意見が出されていました。
中小企業ならではの「光と影」
中小企業は、社員数が少なく、日常的に顔を合わせる”距離の近さ”を最大のメリットとしています。
「光」:距離の近さが生む迅速な対応
・異変への早期気づきと声かけ
毎日顔を合わせるため、顔色や雰囲気の変化から体調やストレスを把握しやすく、心配があれ ばすぐに声をかけ合える環境にあります。
・即座の実行力
意思決定が早く、現場の状況に即した施策(物理的な改善や業務調整)を速やかに実行に移すことができます。
・深い背景の理解
経営層や管理職が社員の家庭や職務の背景を深く理解しているため、何かあった際に個別最適な対応を取りやすいという利点もあります。
「影」:プライバシー保護と経営者への負担
一方で、距離の近さは深刻な課題にもつながります。
・プライバシー保護の困難さ
「誰の悩みか」がすぐに特定されてしまうため、社員は相談をためらいがちになり、また企業側も個人情報の取り扱いに神経を使います。
健康習慣アンケートのような情報収集も、個人を特定しない形(人数のみ)で慎重に行う必要があります。
・専門職と体制の不足
大企業のように産業医や専門の相談員を専任で置くことが難しく、対策が特定の人(聞き上手な社員や女性社員)に属人化しやすい傾向があります。
・経営者への負担集中(サンドバッグ化)
最も深刻なのは、社員の仕事の不満や、業務とは関係のない個人的な悩みまでが経営者や役員に集中し、「話せば自分の意見が通る」という期待から、経営者自身が社員のストレス解消の「サンドバッグ」のような状態に陥りやすいことです。
これは、経営者自身のメンタルヘルスが危うくなる構造的な課題となります。
「影」を克服する具体的な対策と工夫
事例を発表した3つの企業は、上記の「影」を打ち破り、メンタルヘルス対策を機能させるために、以下の工夫を実践しています。
相談体制の多層化と匿名性の確保
- 社内相談役の多層化
経営者に直接言いにくい悩みに対応するため、聞き上手な女性社員や世代の異なる社員を相談窓口に指定し、多層的な相談ルートを確保します。 - 外部サービスによる匿名性の確保
ストレスチェックを外部の専門業者に依頼し、その業者が提供するWeb相談やチャット相談窓口を併用することで、社員が誰にも知られずに相談できるルートを確保し、プライバシーの懸念を解消します。 - 情報提供の継続
厚生労働省の「心の耳」のような公的機関の情報や、外部のアドバイザーによる健康メモ(給与明細に同封など)を定期的にアナウンスし、社員が「いつでも相談できる環境にある」ことを伝え続けます。
ハラスメント対策と仕事量の質的調整
1.ハラスメントの予防的教育
ハラスメント相談担当者研修の実施や、健康情報の一環としてハラスメントに関する資料を定期的に配布し、問題が起きる前の啓発活動を徹底します。
2.仕事の「質」に着目した負担軽減
ストレスチェックの結果で「仕事の量」が多いと出た場合、単に人を雇うのが難しい現状を踏まえ、仕事の「分量」だけでなく、「内容の難易度」や「得意・苦手」といった仕事の質も考慮して、得意な社員に仕事を振り分けるなど、実質的な負担軽減に努めます。
3.休みを増やすだけでは不満に
単に「休みなさい」と言っても仕事量が減っていなければ、それは新たなストレスになるため、仕事の棚卸しを行い、根本的な業務調整を行うことが重要です。
結論:経営者こそ健康の旗振り役に
パネルディスカッションの最後に強調されたのは、「経営者自身の健康」と「予防的準備」の重要性です。
・経営者のセルフケア
従業員を守るシステムは増えている一方で、経営者自身を守るシステムは不足しがちです。
経営者も社員と一緒にストレスチェックを受け、自身の状態を客観的に把握し、趣味や運動などで自らの健康を守ることが、組織全体の活力を維持する前提となります。
・「問題が起きる前の準備」の重要性
世代交代や採用活動などで組織が変化する前に、専門家との連携(産業医の契約など)や相談体制を先に準備しておくことで、「話し合えば解決できる」という甘い考えによる、後の大きなトラブルや経営者の精神的疲弊を防ぐことができます。
ストレスチェックは単なる義務ではなく、社員が安心して働き続け、会社が持続的に成長するために必要な未来への戦略的な「投資」であり、経営者自らが旗振り役となることが成功の鍵となります。
