働き方を変えて優秀な人材を呼び込む 稲美乳販 中小企業の人的資本経営の事例をご紹介④

事例

ブログをご覧いただきありがとうございます。

中小企業の「人的資本経営」の事例を一緒に見ていきたいと思います。
名付けて、うちでもマネできるヒントを探そうシリーズ

今回、私たちがヒントを探るのは、「中小企業における人的資本経営へのアプローチ」の事例として
小寺 倫明先生(兵庫県立大学大学院社会科学研究科准教授)が紹介されている株式会社 稲美乳販さまです。

人的資本経営は、大企業のためだけの話ではなく、中小企業こそ限られた人材を「費用」ではなく「資本」として捉え直し、その価値を最大限に引き出すことで、厳しい環境変化を乗り越えるチャンスがあると実感できる事例です。

瓶入り牛乳の宅配、一見すると斜陽産業に位置付けられる株式会社稲美乳販が、いかにして危機を乗り越えられたのか。
従業員の力を引き出し、過去最高益を達成したか、その変革のストーリーをご紹介します。

「人は資本」として捉える経営アプローチ

稲美乳販が事業を行う牛乳の宅配業界は、消費者がスーパーやコンビニで手軽に牛乳を買うようになったこと、人手不足の常態化などにより、厳しい環境に置かれています。
同社の社長もかつては、従業員に対して「社員はいつでも替えがきく」というコスト的な感覚を持っていたと振り返ります。

しかし、採用費を増やしても人が定着せず、経営が危機的な状況に陥ったとき、社長は大きな転換点を迎えます。
それは、初めて幹部社員に経営不振の状況を共有したことでした。

ここから、「人を資本」として捉える経営アプローチへと舵が切られます。
社長は、人材採用、営業、組織、事業損益、事業計画策定といった経営管理のすべてに全従業員が関わり話し合う仕組みを導入しました。
これにより、売り上げは他人事ではなくなり、全従業員が達成感を共有する組織文化が醸成されました。

常識を破る「多様な働き方」への挑戦

人的資本経営の核となるのが、多様な人材の確保と定着です。
業界の常識では、牛乳配達は朝から昼にかけて行われる業務でした。
しかし稲美乳販は、あえてこの常識を破ります。それが夜中から早朝までの時間帯に配達をする「夜だけ正社員」という働き方の提案。

この柔軟な働き方によって、多様なバックグラウンドを持つ人材の確保に成功しました。
たとえば、昼間は介護や育児のために働けない家族を持つ人や、シングルマザー、あるいは人との接触が苦手な人など、従来の勤務時間では働けなかった層が、非正規ではない「夜だけ正社員」として活躍し、定着を実現しました。

現場の力を最大限に引き出す仕組み

稲美乳販は、組織文化と仕組みの面でも「人への投資」を徹底しました。

1. 共通仕入れで得た利益を人へ再投資
同業他社と連携して共同仕入れ会社を設立し、牛乳1本あたりの仕入れコストを低減しました。
ここで生まれた資金の余裕を、営業職研修や人材育成に有効活用しています。

2. インセンティブをチーム制へ移行
個人のインセンティブではなく、チームで達成するインセンティブへと転換し、組織の一体感と連帯感を高めました。

3. 全社経営の実現
決算情報を全従業員で共有し、従業員からの具体的な改善提案を引き出しました。
こうした社長の意識変革と、環境変化に対応できる柔軟な組織づくり、そしてDX(顧客管理や配達ルートシステムの最適化)への投資が一体となった結果、同社はコロナ禍の逆境下(2020年)で過去最高売上・利益を達成し、地域の課題に寄り添う新規事業(移動スーパーなど)を展開する「地域でなくてはならない会社」へと進化を続けています。

💡3つのヒント

1. 危機感の共有
経営者が社員を「いつでも替えがきく資源」から「投資すべき資本」と捉え直すことが、改革の起点。
財務状況や事業課題を社員にオープンにし、経営への参画を促すことで、当事者意識(エンゲージメント)を引き出しています。。

2. 柔軟な働き方
人材不足を嘆くのではなく、業界や自社の「当たり前」となっている労働時間や場所のルールを見直しました。
今回は、業界特有ではあるものの働く側のニーズ(例:夜間帯のみ)に合わせて柔軟に制度設計することが、埋もれていた優秀な人材を発掘する鍵となっています。

3. 利益は人への投資に振り分け
経営改善やコスト削減(共同仕入れなど)で生まれた資金を、採用や設備ではなく、育成、研修、制度づくりといった「人への投資」にサイクルを回しています。

*詳しくはこちらの資料に記載されています。
中小企業における人的資本経営へのアプローチ 
小寺 倫明先生(兵庫県立大学大学院社会科学研究科准教授)

*HPはこちら→株式会社稲美乳販

【今までの事例はこちら】
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事例② 株式会社八天堂の人を大切にする経営哲学
事例③ ユニークな人事評価制度の岩田商事株式会社